うろ覚えというよりは、最初に出てきた変換候補をそのままよく考えずに確定しちゃった感じでしょうか。
かぶん【寡聞】:
見聞の狭いこと。主に謙遜の意で用いる。
「―にして存じません」
かぶん【過分】:
分に過ぎた扱いを受けること。身に余るさま。主に謙遜の意で用いる。
「―なおほめにあずかる」
(by goo辞書)
[検索例]
- 私は過分にしてそのような礼儀は聞いたことがない。
- そういう法律は過分にしてしりません。
- こちら方面の作家さんの名鑑と言うのは過分にして存じ上げておりませんし。etc……
どちらも“主に謙遜の意で用いる”言葉ですが、その意味と使い方は随分違いますね。
「寡聞」の「寡」という字は「少ない」ことを意味しており、「過分」の「過」は逆に「度が過ぎる、過剰」の意味ですから漢字だけ見ると、まるで反対の意味になってしまいます。
私自身は以前、「寡聞」をずっと「かもん」と読んでいて「なぜか変換できない」と本気で悩んでいことがありました。がっくし。
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